時空旅行

得意先の老人ホームでの話です。
早くも、五月人形を飾ろうとしていた事務員さんの手伝いをすることになりました。
その五月人形は、入居者の家族からの寄付だとのことです。
相当な年代物で、長いこと日の目を浴びていなかったことがよくわかる品でした。



驚いたのは、緩衝材に使われていた新聞。
昭和44年「アポロ11号月面着陸特集」。
一瞬、何かの作り物かと思うくらい、黄ばんでいてレトロな空気漂う紙面。
ある意味、こちらの方がプレミアが付くのではないかという程の代物でした。
「すごい、面白い」と興奮して新聞を読み耽る私は、事務員さんに「ねじさん、真面目に手伝って下さい」と突っ込まれる有様でした。



泣く泣く新聞とさよならして、飾り付けに入ります。
しかし、五月人形というものは、複雑なつくりのようで。
そもそも、昔の品なので組み立て方とかの説明書なんてない訳で。
しかも、私や事務員さんには男兄弟がおらず、五月人形など飾った経験もない訳で。
ああでもない、こうでもない、大苦戦でした。
大雑把な説明書を見て指示するのは、老人ホームに住む元気なおばあちゃん。
車椅子の上から指示を飛ばします。



鎧兜を何とか完成させましたが、部品がバラバラの鯉のぼりや、旗、立傘などの装飾品が意味不明でした。
唸りながら作業に没頭していると、「○○さん(司令塔のおばあちゃん)、おやつの時間ですよ〜」との声。
おばあちゃん「今、忙しいの。それどころじゃない」との返事。
間もなくしておばあちゃんが「もういいよ、鎧兜だけで十分じゃない?鯉のぼりとか、ごちゃごちゃあるより、シンプルな方がいいよ」と言い始めました。
どうやら、おやつを食べたいが為に早くこの職から開放されたかった様子。
もっとも、おばあちゃんは、あまり役には立っていませんでしたが。
私達も、お手上げ状態だったので「そうですよね。シンプルな鎧兜の方が引き立ちますよね」と組み立て途中の部品を箱に収納して、なかったことにしました。



組立作業も楽しかったのですが、昭和44年から封印されていた五月人形がこうして蘇るというのが感動しました。
その五月人形が収められていた箱には、それを送った子どもの名前が記されていたりと、親御さんの愛情がひしひしと伝わるものでした。
何十年も昔の品なのに、今でも立派に輝く愛情。
これは、日本独特の文化だと思いました。
ああ、箱を片付けるときに、アポロの新聞をくすねて来れば良かった。