買占め王子

震災から10日が経ちました。
当時、私は鳥取県にいました。
たまたま有給を取っていて、旅行中でした。
東京で地震があったらしい程度の情報はありましたが、呑気に「水木しげるロード」を闊歩していました。
旅館に着いて、ニュース番組を見て初めて事の重大さを思い知ったのでした。
友人と言葉無くテレビを見つめることしか出来ませんでした。
まるで実感のない、映画のような信じられない映像。
日本海は、こんなに静かだったのに。



どうにか東京に帰って来て、家族や親戚、友人の無事も確認出来ました。
アパートも会社も殆ど被害はなく、スーパーにトイレットペーパーや米がなくなっていた程度。
月曜日からは、客による買占めだとか、停電だとかガソリン不足だとかで、大変なことに。
お陰様で、この連休は休みなしでした。
仕事があるだけ有難い、少しの不便に文句は言わない。



さて、私の仕事は、福祉施設に消毒剤やら消耗品やらを販売することです。
ついで程度ではありますが、トイレットペーパーも売っています。
この買占め騒動に伴い、「地元の人にも貢献を」と店頭販売をしていました。
メーカーにはトイレットペーパーが山ほどあるのです。
だから仕入れて売ってみた。
ただ、薬局で買うよりも100円程高い価格で。
決してぼったくってはいないです。
トイレットペーパーの価格は、配送料が殆ど。
独自の配送ルートがないと、薬局価格は難しいのです。



トイレットペーパー、高い価格なのに売れる売れる。
主に、おばちゃんたちが買っていく。
残り1ケースと2袋になったところで、スポーツカーに乗った30代男性登場。
「これって、数量制限ってあるんですか」
「特に設けてませんけど」
「じゃあ、全部下さい」
「うわ、何この買占め。しかも燃費の悪そうな車に乗っちゃって。」と苦々しく思ったけれど顔には出さず。
「あの、この荷物って東北まで宅配便で送ってもらうこと出来ますか」
そこから、印象は一変。
話によると、昔お世話になった人が、東北の福祉施設で働いているのだとか。
物資がない状態で困っているので、少しでも役に立ちたいとのことでした。
そうか、スーパーでトイレットペーパーが売っていたとしても、数量制限があるから、送ってあげられる程買えない訳だ。
なんだ、すごく良い人だったのか。
「じゃあ、これも持って行って下さい。あ、これも役に立つと思います」と事務所にあった消毒液とか、身体拭きシートとか、思い付く限りの物を箱の空いたスペースに詰め込みました。
残念ながら、東北に行ける宅配業者と取引がなかったので、スポーツカーに箱を押し込み、男性は去って行きました。
「サービス品の方が、商品よりも高くついちゃいましたね」
「いいんじゃないの、これくらいしか出来ないんだから」
まさに、そうだと思いました。